武蔵国新座郡村誌/橋戸村

提供:シラキのコホリ

武蔵国新座郡村誌橋戸村項の現代語訳。

現代語訳=シラキのコホリのツカサ

橋戸村(はしど)

本村はいにしえ新倉郷広沢庄野方領に属する。かつて上白子村・橋戸村の両村であったが、明治七年(1874年)8月に合わせて1村となった(伊賀組給地を上白子村といい、今の白子村の内の同給の地を指して下白子村と対で称し、代官の支配する地を橋戸村と称した、と里胥(地方の官吏)がいう。その両村の称を用いた年暦は明らかではない。正保・元禄の図に白子村とあるのは、今の白子村の方を指すのであろう)

疆域

東は豊島郡下土支田村と小路あるいは用水が境界となっており、南は同郡上土支田村と用水を隔て、西は本郡小榑村に接し、北は本郡新倉白子の両村に連なる。

幅員

  • 東(字八ヶ谷戸から)西(字影山に至る)10町
  • 南(字外山から)北(字広沢原に至る)25町

管轄沿革

  • 天正十八年庚寅(1590年)徳川氏の所有となる。
  • 明年辛卯(1591年)11月、伊賀組(あるいは伊賀者衆と称し、与力同心の一種であって、江戸四ツ谷伊賀町に住んだ)に賜った後、新たに開墾した地を代官の支配とした。(『武蔵国田園簿』に、高150石 伊賀衆知行、外に永1貫386文野銭 野村彦太夫御代官所とある)
  • 今古、村高287石9斗7升1勺4才あって、その27石1升4合は代官の支配、260石9斗5升6合1勺4才は伊賀組の給地である。
  • 徳川氏の末に至り、直轄の地は代官・松村忠四郎が支配した。
  • 維新の際、ともに武蔵知県事に属する。
  • 明治二年己巳(1869年)2月、品川県の管轄となる。
  • 明治四年辛未(1871年)11月、入間県に属する。
  • 明治六年(1873年)6月、熊谷県の所轄となる。

里程

  • 熊谷県庁より南少し東14里。
  • 四隣:本郡白子村(元標)へ30町25間。小榑村(元標)へ20町。下新倉村(元標)へ1里5町、豊島郡上土支田村(元標)へ15町。

村の中央、中耕・中丸・影山の三字地にまたがる道路の三叉を元標の位置と定める。

地勢

  • 東南に林・丘を負い、西北は平地。運輸に便があり、かつ薪に富み、炭に乏しくない。

地味

  • 色は赤・黒。その質は悪く、稲・赤土は甘藷に適し、黒土は菽・麦によろしい。水田は冷水があるため苦しむ。田畑とも概してその質は中味にある。

税地

  • 田:25町6反1畝1歩
  • 畑:68町5反5畝6歩
  • 総計:94町1反6畝25歩

※村吏の録申を採る

字地

  • 広沢原(ひろさははら):村の北隅にある。東西2町40間、南北5町5間。
  • 北原(きたはら):広沢原の南に連なる。東西6町20間、南北2町50間。
  • 越後山(ゑちごやま):北原の東に連なる。東西6町10間、南北3町50間。
  • 中里(なかさと):越後山の南に連なる。東西8町20間、南北3町20間。
  • 八ツ谷戸(はつがやと):中里の南に連なる。東3町40間、南北5町20間。
  • 中耕(なかがう):八ツが谷戸の南に連なる。東西3町25間、南北5町40間。
  • 影山(かげやま):中耕の西に連なる。東西4町、南北4町40間。
  • 宮久保(みやくぼ):影山の南に連なる。東西2町20間、南北4町20間。
  • 中丸(なかまる):宮久保の東に連なる。東西3町15間、南北5町10間。
  • 愛宕下(あたごした):中丸の東に連なる。東西3町20間、南北3町40間。
  • (や):愛宕下の南に連なる。東西2町20間、南北3町10間。
  • 前田(まへた):谷の西に連なる。東西3町40間、南北3町5間。
  • 打越(うちこし):前田の西に連なる。東西2町25間、南北4町5間。
  • 外山(とやま):打越の南隅に連なる。東西1町35間、南北1町55間。

貢租

  • 地租:米91石8斗7升5合、金52円78銭1厘
  • 賦金:金22円50銭
  • 総計:米91石8斗7升5合、金75円28銭1厘

※村吏録申による

戸数

  • 本籍:55戸(平民)
  • 社:2戸(村社1坐、平社1坐)
  • 寺:1戸(新義真言宗)
  • 総計:58戸

人口

  • 男:184口(平民)
  • 女:176口(平民)
  • 総計:360口

牛馬

  • 牡馬:1頭

舟車

  • 荷車:28両(小車)

山川

  • '小井戸川:『新編武蔵風土記稿』に白子川と載せている。村の西南の方、豊島郡上土支田村から来て、東の方、本郡白子村に入る。その間32町43間。幅おおむね3間。
  • 別荘橋:村の東の方、小井戸川下流に架す。幅2間、長さ2間半。土造。
  • :村の東北の方、字北原・中耕・中里の境にある。小井戸川の中流に架す。幅7尺、長さ9尺。石造。
  • :村の東南、字谷・愛宕下の境にある。小井戸川上流に架す。幅6尺、長さ6尺。石造。

森林

  • 広沢原:民有に属する。反別14町2反2畝25歩。村の北方にある。楢葉あるいは痩松の類が生えている。このほか、四方に散在する。今、ことごとくは載せない。

道路

  • 村路:4条ある。1つは村の西の方、小榑村との境から来て豊島郡上土支田村に達する。1つは小榑村との境から来て村の中央に至り、分岐して上土支田・下土支田の両村に通じる。1つは村の北の方、下新倉村との境から来て下土支田村に入る。もっともそれほどの路ではないので一々載せない。
  • 掲示場:村の東の方、字中里にある。

神社

  • 氷川社:村社。社地は丁字形をなし、四方の間数をとりにくい。面積532坪。村の西南にある。素戔嗚尊を祭る。祭日1月17日。
  • 愛宕社:平社。社地は東西32間半・南北19間半・面積633坪。村の東南、字愛宕下にある。創建・祭神未詳。祭日7月24日。

仏寺

  • 教学院:東西30間・南北25間・面積398坪。新義真言宗 豊島郡上石神井村三宝寺の末派である。村の西南にある。開基・創建は詳らかではない。『新編武蔵風土記稿』に、「文永五年、長全法印が開山する。中興開山は良賢法印というが、その時代は詳らかではない」と載っている。

学校

  • 公立小学校:村の西南の方、教学院を仮用している。生徒 男25人、女15人。

村事務所

  • 当時戸長の宅舎を仮用する。

物産

  • 米:143石5斗
  • 大麦:200石余り
  • 小麦:241石6斗

米・麦は余嬴があって、よそに輸出し、大豆・木炭などもまた東京辺に販売している。

民業

  • 男女、農耕を専らとする。

注記


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片山村 新座市南部
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小榑村 練馬区大泉学園町西大泉南大泉付近
武蔵国入間郡村誌より
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宗岡村 志木市北部