武蔵国新座郡村誌/上保谷新田

提供:シラキのコホリ

武蔵国新座郡村誌上保谷新田項の現代語訳。

現代語訳=シラキのコホリのツカサ

上保谷新田(かみほうや)

本村はいにしえ上保谷村に属し、持添の新田であったが、天保六年乙未(1832年)3月にまったくの別村となる。

疆域

東北の一隅はわずかに本郡上保谷村に接し、東南は多摩郡関前新田と小道で境界となり、西南は玉川上水を隔てて多摩郡境村に対し、正西は多摩郡境新田と隣り合い、北は多摩郡田無村との境界が野道となっている。

幅員

  • 東(字坂上から)西(字新橋道西通まで)19町35間
  • 南(玉川上水の涯から)北(田無境まで)3町40間

管轄沿革

  • 天保年中に分村[1]以来、代官がこれを支配する。
  • 維新の際、村高183石4斗1升3合あって、武蔵知県事に属する。
  • 以後、上保谷村と同じ

里程

  • 熊谷県庁より南少し東15里。
  • 四隣:多摩郡境村(村事務所)へ12町。同郡関前新田(同上)へ10町。同郡境新田(同上)へ12町。同郡田無村(同上)へ15町。本郡上保谷村(同上)へ30町。

地勢

  • 東から西に長く、その形は船のようである。平坦で運輸の弁がある。薪・炭も乏しくない。

地味

  • 色は赤・黒。茶に適する。

税地

  • 畑:71町7反6畝21歩

字地

  • 坂上(さかうへ):村の東方にある。東西2町、南北2町。
  • 本村道西(ほんむらみちにし):坂上の西に連なる。東西2町50間、南北3町。
  • 葭窪北台(よしくぼきただい):本村道西の西に連なる。東西4町、南北3町40間。
  • 深太寺道西(しんたいじみちにし):葭窪北台の西に連なる。
  • しらじくほ西台(にしだい):深太寺道西の西に連なる。東西2町、南北3町40間。
  • 氏神台(うじすなだい):しらじくほ西台の西に連なる。東西2町40間、南北4町。
  • 堀分北(ほりわけきた):氏神台の西に連なる。東西1町40間、南北5町。
  • 本屋舗(もとやしき):堀分北の西に連なる。東西1町40間、南北5町。
  • 新橋道東通(しんばしみちひがしどほり):本屋舗の西に連なる。東西2町、南北5町。
  • 新橋道西通(しんばしみちにしどほり):新橋道東通の西に連なる。東西2町30間、南北5町10間。
  • 切添(きりそへ):葭久保北台、本村道西の北方に連なる。東西5町50間、南北1町40間。

貢租

  • 地租:金27円68銭4厘
  • 賦金:金7円
  • 総計:金34円68銭4厘

戸数

  • 本籍:30戸(平民)
  • 寄留:5戸(平民)
  • 社:1戸(村社)
  • 総計:36戸

人口

  • 男:76口(平民)
  • 女:82口(平民)
  • 総計:158口(ほかに寄留男8人、女7人)

牛馬

  • 牡馬:1頭

舟車

  • 荷車:14両(小車)

山川

  • '玉川上水:深いところおおむね6尺。水色は清い。西の方、多摩郡境新田から来て、本村の南境を流れて、同郡境村と関前新田との間に入る。長さ17町50間。また分流があって飲用とする。

道路

  • 村路小川村道という。村の東の方、関前から西の方、境新田に至る。長さ14町15間、幅2間半。このほか、小さな村路が数条あるが載せるに足りない。

神社

  • 阿波洲神社:村社。社地は東西3間・南北3間・面積9坪。村の中央にある。高望王を祭る。祭日9月13日。

村事務所

  • 村の中央、戸長の宅舎を仮用する。

物産

  • 大麦:20石
  • 小麦:40石
  • ソバ:30石
  • 陸米:10石
  • 粟:30石
  • 大豆:5石

小麦・ソバなどは余嬴あって東京に販売する。

民業

  • 男女おおむね農を専らとする

注記

  1. 天保六年(1835年)3月と上に書かれている
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