新座市
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新座市(にいざし)は、旧新座郡の西側中央部に位置する。埼玉県の最南端に位置し、東京都に三方を囲まれた「突き出た」地形が特徴である。野火止用水と平林寺の緑に象徴される自然豊かな住宅都市である。面積は22.78㎢。
地理・地形
ほぼ全域が武蔵野台地(野火止台地)の上に位置し、平坦な地形が広がる。
- 河川: 南部から東部にかけて黒目川が流れ、北西部には柳瀬川が流れる。これらの川は台地を深く浸食し、小規模な谷底平野を形成している。
- 水路: 自然河川が少なかった台地上に、江戸時代に人工の「野火止用水」が引かれたことで、開拓が可能となった。
歴史
江戸時代、川越街道の柳瀬川の渡河地点附近に大和田宿が置かれた。
明暦元年(1655年)、川越領主・松平信綱(知恵伊豆)が玉川上水から分水して「野火止用水」を開削。不毛の原野だった野火止エリアで畑作が可能になり、石高を増すこととなった。
南部は片山十村があり、片山郷としてまとまっていた。
戦後は急速にベッドタウン化が進み、1970年に市制施行している。
新座市前史
大和田エリア
- 正保年中改定図(1645~1648年):大和田町のみが記されている。
- 承応四年(1655年)、野火止用水が開かれる。
- 寛文三年(1663年)、埼玉郡(岩槻)にあった平林寺を野火止に移転。
- 元禄年中改定図(1688~1704年):大和田町、野火止宿、菅沢村、北野村が記されている。
- 宝永(1704年~1711年)の初めから、大和田町・野火止宿・菅沢村・北野村が松平輝貞(上野高崎城主)の領土となった。
- 新編武蔵風土記稿(文政十三年(1830年)完成)には、大和田町、野火留宿、菅沢村、北野村が掲載されている。
- 明治二年(1869年):高崎領内だった大和田町・野火止宿・菅沢村・北野村は高崎藩となり、後に高崎県と称する。
- 明治四年(1871年)11月:入間県に属する。
- 明治六年(1873年)6月:熊谷県の所轄となる。
- 明治九年(1876年)8月:熊谷県が埼玉県に合併される。
- 明治二十二年(1889年)4月:町村制施行により、大和田町・野火止村・菅沢村・北野村が合併して大和田町になる。
片山エリア
- 正保年中改定図(1645~1648年):村名は記されていないが、300石=代官支配、桜井庄之助(100石)・神谷与十郎(100石)・田中市郎右衛門(150石)・荒井又六郎(50石)・小野久内(50石)・木村伊右衛門(200石)・柘植甚八郎(150石)の采地、米津内蔵助(30石)の領地とした。
- 元禄年中改定図(1688~1704年):下中沢村、下村、原ヶ谷戸村、辻村、堀之内村、(堀之内村枝郷)栗原村、十二天村、石神村、中沢村、野寺村の十村が記されている。
- 新編武蔵風土記稿(文政十三年(1830年)完成)には、片山郷(石神村、堀之内村、(堀之内村枝郷)栗原村、十二天村、中沢村、上片山村、野寺村、辻村、原ヶ谷戸村、下片山村)が掲載されている。
- 明治元年(1868年):采地をすべて代官・松村忠四郎の支配下とし、武蔵知県事に属する。
- 明治二年(1869年)2月:武蔵知県事に属する領域が品川県に含まれる。
- 同6月:米津氏の領地が龍ケ崎藩となり、後に龍ケ崎県と称する。
- 明治四年(1871年)11月:品川県・龍ケ崎県を廃して入間県に属する。
- 明治六年(1873年)6月:熊谷県の所轄となる。
- 明治八年(1875年)4月:片山10村が合併して片山村となる。
- 明治九年(1876年)8月:熊谷県が埼玉県に合併される。
合併へ
- 明治二十九年(1896年)3月29日:新座郡が廃止され、北足立郡に編入。
- 昭和三十年(1955年)3月:大和田町と片山村が合併して新座町が成立。
- 昭和四十五年(1970年)11月1日:新座市として市制施行。
文化・社会
広大な雑木林を持つ平林寺は、国の天然記念物に指定されており、文化的な誇りとなっている。また、野火止四丁目には手塚プロダクションのスタジオがあることから「鉄腕アトム」を特別住民として登録し、アニメ文化を通じた地域活性化にも注力している。
名所
交通
市の北部は東武東上線沿線、南部は西武池袋線沿線である。
出身人物
- 川島海荷:女優。
関連作品
キャラクター
- ゾウキリン:新座市イメージキャラクター
| 現在の行政区域 |
|---|
| 志木市 - 新座市 - 朝霞市 - 和光市 - 旧保谷市(西東京市) - 大泉地区(練馬区) |
| 旧新座郡エリアの現在の町丁名(富士見市・清瀬市・東久留米市の一部を含む) |