武蔵国新座郡村誌/小榑村
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< 武蔵国新座郡村誌
- 現代語訳=シラキのコホリのツカサ
小榑村(こぐれ)
疆域
東は豊島郡上土支田村と小井戸川で境界となり、斜めに北へ本郡橋戸村に接し、南は豊島郡上石神井村・関村および本郡上保谷村と境界が野道となっており、西は本郡下保谷村、本郡片山・膝折・根岸・台・上新倉村の数村に連なる。
幅員
- 東(字経塚・橋戸村との境界から)西(字広沢原・片山村との境界に至る)17町
- 南(字前新田・上石神井村との境界から)北(字広沢原・片山村との境界に至る)1里12町
管轄沿革
- 天正十八年庚寅(1590年)徳川氏の所有となる。その年の8月、板倉四郎左衛門勝重(後、伊賀守)に賜う。
- 正保(1644年~1648年)のころは直轄であり、代官がこれを支配した。
- 後、寛文年中に至り、稲葉美濃守正則の領するところとなる。
- その嗣子、丹後守正通、貞享二年乙巳12月、越後国高田に異封のとき、代官の支配に戻る(大成武鑑に勝重五代の孫、周防守重冬のとき、元禄十一年戌寅3月、武蔵国新座・豊島両郡の地1000石を伊勢国三重郡の内に移される、とある。これによって考えれば、稲葉氏の提封となったことは疑わしい。しかし、武蔵田園簿に見えないので、今、ここに採らず、まったく新編武蔵風土記稿による)
- 元禄十一年癸未、村高の半分を割いて米津出羽守の領知となし、子孫世襲する。
- 維新の初め、その高は731石6斗5升5合である。
- また、直轄の地730石5斗6升6合は武蔵知県事に属する。明治二年己巳(1869年)2月、品川県の管轄となる。
- 米津氏の提封は龍ケ崎藩と改め、明治四年辛未(1871年)7月に県と称する。
- 明治四年辛未(1871年)11月、ともに入間県の管轄となる。
- 明治六年(1873年)6月、熊谷県の所轄となる。
里程
- 熊谷県庁より南少し東13里。
- 四隣:豊島郡上土支田村(中央)へ10町。同郡関村(中央)30町。本郡下保谷村(中央)へ20町。片山村(中央)へ27町。橋戸村(元標)へ20町。
- 近傍宿町:本郡志木宿(元標)へ2里10町、多摩郡田無町(元標)へ1里。
地勢
- 南より斜めに長く、東西に短い。北は林・丘、高燥で、東南に小井戸川を帯び、田野が開ける。運輸の便あり。薪・炭も乏しくない。
地味
- 色は淡赤。その質は悪く、菽・麦・桑・茶に適し、西の一方は水利に乏しいが、肥えている地も少なくない。
税地
- 田:4町7反6畝14歩
- 畑:519町7反4畝20歩
- 総計:524町5反1畝4歩
飛地
- 本村の東方、下土支田村のうち、畑(6町7反25歩)、林(7町6反3畝28歩)、萱生地(1反7畝2歩)
- 東方、橋戸村の内、畑(9町4反5畝7歩)、林(1町4反9畝歩)、宅地(3反7畝歩)、社地(1反10歩)
- 東方、上土支田村の内、林(2町3反7畝9歩)
字地
- 前新田(まへしんでん):村の南方にある。東西40間、南北8町40間。
- 四面塔(しめんとう):前新田の北に連なる。東西8町20間、南北8町。
- 経塚(きょうづか):四面塔の東に連なる。東西9町40間、南北14町。
- 広沢(ひろさは):経塚の北に連なる。東西24町、南北12町2間。
この4地地の内に小字がある。一々挙げない。
貢租
- 地租:米22石6斗1升1合、金511円85銭2厘
- 賦金:金168円52銭
- 総計:米22石6斗1升1合、金680円37銭2厘
戸数
- 本籍:238戸(平民)
- 社:12戸(村社1坐、平社11坐)
- 寺:5戸(日蓮宗)
- 総計:255戸
人口
- 男:696口(平民)
- 女:695口(平民)
- 総計:1391口
牛馬
- 牡馬:4頭
舟車
- 荷車:110両
山川
- '小井戸川:源を本村の井頭の池から発し、水清く、耕田を灌流して東北の方、橋戸村に入る。長さ7町50間。
森林
- 広沢林:民有に属する。東西21町・南北11町。反別214町4反歩。村の東北にある。クヌギ類多く、所々に痩松が生えている。大樹はない。
- 達出林:民有に属する。東西5町・南北7町。反別10町5反。村の中央にある。クヌギ類多く、大樹はない。
- 西小作林:民有に属する。東西7町・南北2町30間。反別8町1反5畝15歩。村の西北にある。クヌギ類多く、大樹はない。
池沼
- 井頭の池:東西20間、南北2町、周囲5町村の東南にある。
道路
- 村路:村の西方、下保谷村との境から東方、上土支田村との境界に至る。長さ22町、幅3間。里俗に東京道という。
神社
- 諏訪社:村社。社地は東西12間・南北3間・面積527坪。村の北方にある。建御名方命を祭る。祭日4月4日。社地の中に松の老樹がある。
- 八坂社:平社。社地は東西16間・南北19間・面積310坪。村の東方の飛地にある。素戔嗚尊を祭る。祭日6月15日。社地の中に松の老樹がある。
- 稲荷社:平社。社地は東西15間・南北18間・面積244坪。村の東北にある。宇賀御魂命を祭る。祭日2月初午。
- 稲荷社:平社。社地は東西22間・南北19間・面積285坪。村の北方にある。宇賀御魂命を祭る。祭日2月初午。社地の中にモミの老樹がある。
- 稲荷社:平社。社地は東西18間・南北10間・面積169坪。村の北方にある。宇賀御魂命を祭る。祭日2月初午。
- 稲荷社:平社。社地は東西4間半・南北41間・面積173坪。村の北方にある。宇賀御魂命を祭る。祭日2月初午。
- 稲荷社:平社。社地は東西49間半・南北10間・面積193坪。村の南方方にある。宇賀御魂命を祭る。祭日2月初午。
- 稲荷社:平社。社地は東西8間・南北7間・面積51坪。村の西南にある。宇賀御魂命を祭る。祭日2月初午。
- 稲荷社:平社。社地は東西15間・南北8間半・面積122坪。村の西南にある。宇賀御魂命を祭る。祭日2月初午。
- 稲荷社:平社。社地は東西18間・南北11間・面積193坪。村の南方にある。宇賀御魂命を祭る。祭日2月初午。
- 稲荷社:平社。社地は東西8間・南北7間・面積51坪。村の西南にある。宇賀御魂命を祭る。祭日2月初午。
仏寺
- 妙福寺:東西60間・南北50間・面積2559坪。村の東隅にある。日蓮宗。下総国中山村法華経寺の末派である。慶長元年、日高聖人が開基した。もと大覚寺と称し、嘉祥二年、天台宗慈覚大師の創建という。
- 本応院:東西12間・南北13間・面積170坪。妙福寺の隠質であるため、その隣にある。
- 本照寺:東西17間・南北26間・面積476坪。村の東北にある。日蓮宗。下総国中山村法華経寺の末派である。
- 大乗院:東西30間・南北38間・面積843坪。村の西隅にある。日蓮宗。妙福寺の末派である。慶長年間から久世氏の祈願所となり、その遺物が今なお存在する。
- 法性院:東西15間・南北11間・面積201坪。村の東北にある。日蓮宗。妙福寺の末派である。
学校
- 公立小学校:村の西方、大乗院を仮に用いる。生徒 男65人、女35人。
村事務所
- 当寺戸長宅舎を仮用する。
古跡
- 経塚:村の中央にある。応長年間、天台宗大覚寺改修のとき、経を埋めたところであるという。
物産
- 米:160石
- 大麦:560石
- 小麦:770石
- 大豆:320石
小麦・大豆などは余嬴があって、よそに販売している。
民業
- 男女農耕を専らとする。
注記
| 武蔵国新座郡誌 | |
|---|---|
| 武蔵国新座郡村誌 | |
| 大和田町 - 野火止村 - 菅沢村 - 西堀村 - 北野村 | 現新座市北部 |
| 志木宿 | 現志木市南部 |
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| 上新倉村 - 下新倉村 - 白子村 | 現和光市 |
| 橋戸村 | 現練馬区大泉町付近 |
| 膝折村 | 現朝霞市膝折 |
| 片山村 | 現新座市南部 |
| 上保谷村 - 上保谷新田 - 下保谷村 | 現西東京市東部 |
| 小榑村 | 現練馬区大泉学園町・西大泉・南大泉付近 |
| 武蔵国入間郡村誌より | |
| 針ヶ谷村 - 水子村 | 現富士見市内 |
| 宗岡村 | 現志木市北部 |