シラキのコホリのツカサの投稿記録
提供:シラキのコホリ
2026年8月12日 (水)
- 00:262026年8月12日 (水) 00:26 差分 履歴 +3 武蔵国新座郡誌 編集の要約なし 最新
- 00:222026年8月12日 (水) 00:22 差分 履歴 +19,396 新 武蔵国入間郡村誌/宗岡村 ページの作成:「武蔵国入間郡村誌の宗岡村項の現代語訳。宗岡村は入間郡に属したが、昭和十九年に水谷村・宗岡村・内間木村・志木町が合併して北足立郡志紀町となった。戦後に分立したが、その後、再び志木町と合併して現在の志木市となっているため、ここに取り上げるものである。 :現代語訳=利用者:シラキのコホリのツカサ|シラキのコ…」 最新
2026年8月11日 (火)
- 21:412026年8月11日 (火) 21:41 差分 履歴 +29 北足立郡・新座郡長 編集の要約なし 最新
- 21:412026年8月11日 (火) 21:41 差分 履歴 +43 新 カテゴリ:北足立郡 ページの作成:「*3きたあたちくん」 最新 タグ: ビジュアルエディター: 中途切替
- 21:392026年8月11日 (火) 21:39 差分 履歴 +9,389 新 北足立郡 ページの作成:「'''北足立郡'''(きたあだちぐん)は武蔵国・埼玉県に存在した郡である。もともとは'''足立郡'''であったが、明治維新後に南北に分割され、埼玉県側が北足立郡、東京府側が南足立郡となった。また、旧新座郡とは郡長・郡庁が兼務されており、後に旧新座郡域の大半が北足立郡に併合されることとなった。 それにより、最大領域としては…」 最新 タグ: ビジュアルエディター
- 21:342026年8月11日 (火) 21:34 差分 履歴 +155 新 ファイル:足立郡.jpg [https://www.city.adachi.tokyo.jp/hakubutsukan/chiikibunka/hakubutsukan/manabu-chime.html 「足立」の地名由来|足立区]より引用 最新
- 21:252026年8月11日 (火) 21:25 差分 履歴 +2 カテゴリ:現在の地域区分 編集の要約なし 最新
- 21:252026年8月11日 (火) 21:25 差分 履歴 +2 カテゴリ:新座郡 編集の要約なし 最新
- 21:242026年8月11日 (火) 21:24 差分 履歴 +2 カテゴリ:新羅郡 編集の要約なし 最新
- 21:222026年8月11日 (火) 21:22 差分 履歴 +13 カテゴリ:現在の地域区分 編集の要約なし
- 15:142026年8月11日 (火) 15:14 差分 履歴 +35 新 カテゴリ:過去の駅 ページの作成:「かこのえき」
- 15:142026年8月11日 (火) 15:14 差分 履歴 +26 大和町駅 編集の要約なし
- 15:142026年8月11日 (火) 15:14 差分 履歴 +694 新 大和町駅 ページの作成:「'''東武東上線大和町駅'''(やまとまち)は、昭和二十六年(1951年)10月1日に新倉駅から改称した駅名である。昭和十八年(1943年)4月1日、北足立郡新倉村と白子村が合併して大和町になったことによるものであるが、地名の変更から8年も経っての駅名変更であった。 昭和四十五年(1970年)10月31日、大和町が改称して和光町…」 タグ: ビジュアルエディター
- 12:482026年8月11日 (火) 12:48 差分 履歴 +29 新倉駅 編集の要約なし タグ: ビジュアルエディター
- 02:302026年8月11日 (火) 02:30 差分 履歴 +7,125 新 新倉駅 ページの作成:「'''東武東上線新倉駅'''は昭和九年(1934年)2月1日に開業した。開設当初は「新倉駅(にいぐら)」であったが、半年後の同年7月12日に「新倉駅(にいくら)」と濁らない読み方に改称されている。当時の所在地は埼玉県北足立郡新倉村にあたる。 {{Quotation|昭和九年(一九三四)に開設された新倉駅(現和光市駅)は畑の中に点在するだ…」 タグ: ビジュアルエディター
- 02:172026年8月11日 (火) 02:17 差分 履歴 −13 テンプレート:鉄道 編集の要約なし 最新
- 02:002026年8月11日 (火) 02:00 差分 履歴 +153 新 ファイル:東武鉄道百年史資料編p220.png 『東武鉄道百年史[資料編]』p.220より、旧新座郡エリアの駅についての記載部分をスキャンしたもの。 最新
- 01:562026年8月11日 (火) 01:56 差分 履歴 +217 新 ファイル:和光市歴史の玉手箱 新倉駅.png [和光市歴史の玉手箱 デジタルミュージアム https://rekitama-wako.jp/museum/hensen/showa/toujousen-niikuraeki.php] 新倉駅のページのスクリーンショット(2026年8月11日) 最新
- 01:552026年8月11日 (火) 01:55 差分 履歴 +165 新 ファイル:和光市駅|東武鉄道公式サイト.png [https://www.tobu.co.jp/railway/guide/station/info/7304/ 和光市駅|東武鉄道公式サイト]のスクリーンショット(2026年8月11日) 最新
2026年8月10日 (月)
- 23:022026年8月10日 (月) 23:02 差分 履歴 −28 鉄道路線 →鉄道路線・駅 最新
2026年7月28日 (火)
- 22:162026年7月28日 (火) 22:16 差分 履歴 +23 新 カテゴリ:江戸時代の人物 ページの作成:「え」 最新
- 22:152026年7月28日 (火) 22:15 差分 履歴 +6,447 新 安松金右衛門 ページの作成:「'''安松 金右衛門'''(やすまつ きんえもん、慶長十六年(1611年) - 貞享三年10月27日(1686年12月11日))は、江戸時代初期の武士、技術者である。川越藩主・松平信綱の家臣(陪臣)であり、玉川上水および野火止用水の設計・建設における真の功労者とされる。 名は吉実(よしざね)。算術の達人として知られ、武蔵野の開発や江戸の給水…」 最新
- 22:142026年7月28日 (火) 22:14 差分 履歴 +735 玉川上水の建設者 安松金右衛門 →目次 最新
- 22:032026年7月28日 (火) 22:03 差分 履歴 +74,509 新 玉川上水の建設者 安松金右衛門/14 ページの作成:「三田村鳶魚 著『'''玉川上水の建設者 安松金右衛門'''』(電通出版部 昭和十七年(1942年))の現代語訳 第十四章 (現代語訳:利用者:シラキのコホリのツカサ) ==その十四 江戸の鑿井== 近頃、東京の上水は山口の貯水池が出来まして<ref>昭和九年(1934年)、柳瀬川浸食谷を活用して山口貯水池が完成した。現在は狭山湖の別称で…」 最新
2026年7月19日 (日)
- 01:042026年7月19日 (日) 01:04 差分 履歴 0 テンプレート:玉川上水の建設者 安松金右衛門 編集の要約なし 最新
- 01:032026年7月19日 (日) 01:03 差分 履歴 +92 玉川上水の建設者 安松金右衛門/13 編集の要約なし 最新
- 00:592026年7月19日 (日) 00:59 差分 履歴 +34 玉川上水の建設者 安松金右衛門/07 編集の要約なし 最新
- 00:592026年7月19日 (日) 00:59 差分 履歴 0 玉川上水の建設者 安松金右衛門/06 編集の要約なし 最新
- 00:582026年7月19日 (日) 00:58 差分 履歴 0 玉川上水の建設者 安松金右衛門/03 編集の要約なし 最新
- 00:562026年7月19日 (日) 00:56 差分 履歴 0 玉川上水の建設者 安松金右衛門/02 編集の要約なし 最新
2026年7月12日 (日)
- 00:312026年7月12日 (日) 00:31 差分 履歴 +9,262 新 玉川上水の建設者 安松金右衛門/13 ページの作成:「三田村鳶魚 著『'''玉川上水の建設者 安松金右衛門'''』(電通出版部 昭和十七年(1942年))の現代語訳 第十三章 (現代語訳:利用者:シラキのコホリのツカサ) ==その十三 江戸っ子の自慢== 江戸では飲料水が尊かった。要するに、飲料水が乏しく、また得がたくもあったからです。一方では江戸っ子が水道の水を自慢すると、他方で…」
2026年7月11日 (土)
- 21:522026年7月11日 (土) 21:52 差分 履歴 +20,832 新 玉川上水の建設者 安松金右衛門/12 ページの作成:「三田村鳶魚 著『'''玉川上水の建設者 安松金右衛門'''』(電通出版部 昭和十七年(1942年))の現代語訳 第十二章 (現代語訳:利用者:シラキのコホリのツカサ) ==その十二 玉川上水の記事== 玉川上水についての記述は、いろいろあるようですが、江戸会誌第二冊第十一号(明治二十四年十一月二十六日発行)の「上水渠鑿通」記事がい…」 最新
2026年7月4日 (土)
- 22:372026年7月4日 (土) 22:37 差分 履歴 +15,790 新 玉川上水の建設者 安松金右衛門/11 ページの作成:「三田村鳶魚 著『'''玉川上水の建設者 安松金右衛門'''』(電通出版部 昭和十七年(1942年))の現代語訳 第十一章 (現代語訳:利用者:シラキのコホリのツカサ) ==その十一 宗岡の古図== 先年、宗岡・内間木の両村を訪れ、若干の文書絵図も見、古老の昔話も聞きました。宗岡3000石と言っておりますが、正徳二年(1712年)の記録には1600…」 最新
- 19:462026年7月4日 (土) 19:46 差分 履歴 +77 玉川上水の建設者 安松金右衛門/10 編集の要約なし 最新
- 19:452026年7月4日 (土) 19:45 差分 履歴 +79 玉川上水の建設者 安松金右衛門/09 編集の要約なし 最新
- 19:442026年7月4日 (土) 19:44 差分 履歴 +52 玉川上水の建設者 安松金右衛門/08 編集の要約なし 最新
- 19:442026年7月4日 (土) 19:44 差分 履歴 +52 玉川上水の建設者 安松金右衛門/07 編集の要約なし
- 19:412026年7月4日 (土) 19:41 差分 履歴 +831 玉川上水の建設者 安松金右衛門 →目次
- 19:362026年7月4日 (土) 19:36 差分 履歴 +52 玉川上水の建設者 安松金右衛門/06 編集の要約なし
- 19:362026年7月4日 (土) 19:36 差分 履歴 +52 玉川上水の建設者 安松金右衛門/05 編集の要約なし 最新
- 19:352026年7月4日 (土) 19:35 差分 履歴 +52 玉川上水の建設者 安松金右衛門/04 編集の要約なし 最新
- 19:342026年7月4日 (土) 19:34 差分 履歴 +52 玉川上水の建設者 安松金右衛門/03 編集の要約なし
- 19:342026年7月4日 (土) 19:34 差分 履歴 +52 玉川上水の建設者 安松金右衛門/02 編集の要約なし
- 19:332026年7月4日 (土) 19:33 差分 履歴 +52 玉川上水の建設者 安松金右衛門/01 編集の要約なし 最新
- 19:232026年7月4日 (土) 19:23 差分 履歴 +17,297 新 玉川上水の建設者 安松金右衛門/10 ページの作成:「三田村鳶魚 著『'''玉川上水の建設者 安松金右衛門'''』の現代語訳 第十章 (現代語訳:利用者:シラキのコホリのツカサ) ==その十 金右衛門の経歴== 安松金右衛門は六万石の川越藩に出仕したのですが、そのときはまだ信綱が武蔵野開発の腹案を実現しようとして、高のない原野を五千石のつもりで拝領いたしたという正保四年(1648年…」
2026年6月24日 (水)
- 22:522026年6月24日 (水) 22:52 差分 履歴 +16,261 新 武蔵国新座郡誌 ページの作成:「武蔵国郡村誌のうち、武蔵国新座郡誌項の現代語訳。 :現代語訳=シラキのコホリのツカサ ==武蔵国新座郡誌== 本郡は中古から新座(にいくら)を仮借して新倉あるいは新座とも書いた。最近は里俗に新座(にいざ)とのみ称している。しかし、今なお古称に従う。(『和名類聚抄』新座郡の註に「爾比…」
- 22:492026年6月24日 (水) 22:49 差分 履歴 +45 テンプレート:武蔵国郡村誌 編集の要約なし 最新
- 22:482026年6月24日 (水) 22:48 差分 履歴 +34 武蔵国郡村誌 編集の要約なし 最新
2026年6月22日 (月)
- 23:272026年6月22日 (月) 23:27 差分 履歴 +17,360 新 武蔵国入間郡村誌/水子村 ページの作成:「武蔵国入間郡村誌の水子村項の現代語訳。水子村は入間郡に属するが、後に針ヶ谷村と合併して入間郡水谷村となり、さらに昭和十九年に水谷村・宗岡村・内間木村・志木町が合併して北足立郡志紀町となった。そのため、ここに取り上げるものである。 :現代語訳=シラキのコホリのツカサ ==…」 最新
2026年6月21日 (日)
- 23:112026年6月21日 (日) 23:11 差分 履歴 +8,931 新 武蔵国新座郡村誌/小榑村 ページの作成:「武蔵国新座郡村誌の小榑村項の現代語訳。 :現代語訳=シラキのコホリのツカサ ==小榑村(こぐれ)== 本村はいにしえ広沢庄野方領に属する。 ===疆域=== 東は豊島郡上土支田村と小井戸川で境界となり、斜めに北へ本郡橋戸村に接し、南は豊島郡上石神井村・関村および…」 最新