「武蔵国新座郡村誌/岡村」の版間の差分

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ページの作成:「武蔵国新座郡村誌岡村項の現代語訳。 :現代語訳=シラキのコホリのツカサ ==岡村(をか)== 本村はいにしえ新倉郷広沢庄野方領に属する。 ===疆域=== 東は根岸上新倉の両村と野道・小渠をもって境とし、東南は武蔵国新座郡村誌/…」
 
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*本籍:71戸(平民)
*本籍:71戸(平民)
*寄留:1戸(平民)
*寄留:1戸(平民)
*社:3戸(村社1坐、平社12坐)
*社:3戸(村社1坐、平社2坐)
*寺:2戸(真言宗1宇、日蓮宗1宇)
*寺:2戸(真言宗1宇、日蓮宗1宇)
*総計:79戸
*総計:79戸

2026年5月30日 (土) 23:53時点における最新版

武蔵国新座郡村誌岡村項の現代語訳。

現代語訳=シラキのコホリのツカサ

岡村(をか)

本村はいにしえ新倉郷広沢庄野方領に属する。

疆域

東は根岸上新倉の両村と野道・小渠をもって境とし、東南は片山の二村に連なり、広沢原の深林に接する。西は溝沼村との境界を用水路・小径とし、北は黒目川を隔てて浜崎田島の両村に対している。

幅員

  • 東(字向山の東辺から)西(字八幡山の西端に至る)8町20間
  • 南(字広沢原の南の境界から)北(字沖田、黒目川べりに至る)37町

管轄沿革

  • 天正十八年庚寅(1590年)、徳川氏の所有となる。旗下士・甲斐庄喜右衛門に賜う。
  • 元和元年乙卯(1615年)、村高468石のうち200石を代官・近山与左衛門の支配とし、268石を三枝土佐守の采地とする(『風土記』に、御打入の後2分し、半ばは私領となったという。今、村吏の録申による。正保のころ、村高468石あってその268石を三枝土佐守の治めるところとし、その200石を代官・近山与左衛門が支配したということは田園簿に明記されている)
  • 元禄十一年戊寅(1698年)、あわせて代官の支配とする。
  • 徳川氏の末に至っては、高542石7斗6升7合(高の増加した年暦は明らかではない)を代官松村忠四郎が支配する
  • 維新の際、武蔵知県事に属する。
  • 明治二年己巳(1869年)2月、品川県の管轄となる。
  • 明治四年辛未(1871年)11月、入間県に属する。。
  • 明治六年(1873年)6月、熊谷県の所轄となる。

里程

  • 熊谷県庁より南少し東13里。
  • 四隣:根岸村へ5町20間。溝沼村へ13町。台村へ10町。浜崎村へ15町。
  • 近傍:志木宿へ35町(中央字谷つの西南四達より測る)

地勢

  • 南は広沢原の深林を追って、高く乾燥している。北は黒目川を帯び、卑湿で水田が多い。運輸は便利、薪・炭が富饒である。

地味

  • 色は赤黒、質悪く、稲・粱に適せず。水田は氾濫のわざわいがあって、陸田は旱魃に苦しむ。

税地

  • 田:17町2反6畝13歩
  • 畑:117町7反8畝14歩
  • 総計:135町4畝27歩

飛地

村の南の方、台村の内に畑 2反2畝5歩

字地

  • 沖田(おきた):村の北方にある。東西130間・南北160間。
  • 堂の下(どうのした):沖田の南に連なる。東西90間・南北125間。
  • 玉川:堂の下の東方に連なる。東西280間・南北85間。
  • 土井(どい):玉川の東の方に連なる。東西65間・南北60間。
  • 寺田:土井の西方に連なる。東西220間・南北50間。
  • 岡台(をかだい):寺田の南方にある。東西160間・南北150間。
  • 城戸(きど):岡台の東方に連なる。東西130間・南北75間。
  • 谷つ(やつ):城戸の南方にある。東西250間・南北70間。
  • 中谷つ:谷つの南方。東西70間・南北90間。
  • 榎戸:中谷つの南方。東西150間・南北40間。
  • 中道:榎戸の西方。東西130間・南北290間。

このほか、鎌原、浜崎前、縄境、折本、谷中、寺田、滝の下、根古屋、城山、樋坪、下谷つ、茅面、向山、前谷つ、高根、八幡山、天神の上、七鎌戸、上の台、庚申出口、庚申前、高橋道、中新田、立出し、諏訪の原、天ヶ久保、大辻、馬堀、原畑、北原、堂山、向原、平沢、越戸、池の上、広沢、広沢原などの名がある。一々広さを記せず。

貢租

  • 地租:米65石2升、金70円56銭5厘
  • 賦金:金14円87銭5厘
  • 総計:米65石2升、金85円44銭

戸数

  • 本籍:71戸(平民)
  • 寄留:1戸(平民)
  • 社:3戸(村社1坐、平社2坐)
  • 寺:2戸(真言宗1宇、日蓮宗1宇)
  • 総計:79戸

人口

  • 男:210口(平民)
  • 女:222口(平民)
  • 総計:432口

牛馬

  • 牡馬:15頭

舟車

  • 荷車:24両(小車)

山川

  • 黒目川:深いところ7尺、浅いところ1尺5寸、幅6間。溝沼村から流れてくる。東北の境を屈曲して根岸・田島両村の間に入る。その間15町。
  • :林道に属する。村の北方、黒目川の上流に架す。長さ4間3尺、幅2間。木製。

森林

  • 林:広沢原といい、民有に属する。東西2町・南北11町。村の西端にあって松・ケヤキ、その他、雑木である。

池沼

道路

  • 川越街道:村の西方、溝沼村の境から東方・根岸村の境界に至る。長さ3町30間、幅4間。

神社

  • 氷川社:村社。社地は東西49間・南北26間・面積500坪。村の東方にある。素戔嗚尊を祭る(新編武蔵風土記稿に在原業平を祭るとある)。祭日3月15日。
  • 八幡社:平社。社地は東西30間・南北8間・面積265坪。村の西の方にある。応神天皇を祭る。祭日9月15日。
  • 諏訪社:平社。社地は東西12間・南北10間・面積120坪。本村の南の方にある。建御名方命を祭る。祭日7月27日。

仏寺

  • 東圓寺:東西25間・南北16間8歩・面積920坪。村の西方にある。新義真言宗 豊島郡石神井村三宝寺の末派であって、開基のことが伝わらず。寛弘三年丙午(1006年)僧永慶という物が力を尽くして中興したという。
  • 本仙寺:東西20間・南北16間・面積326坪。村の北方、城山の中腹にある。日蓮宗池上本門寺の末派である。貞治元年、僧日宜が開基創建した。
  • 不動堂:東西20間6歩・南北17間・面積310坪。村の西方にある。
  • 観音堂:東西16間・南北16間・面積265坪。村の南方にある。

学校

  • 公立小学校:村の西方にある。生徒 男56人、女6人。

村事務所

  • 村の中央にある。

古跡

  • 城跡:字城山の上にあって、なお塹壕の形を残す。しかし、誰の居城なのかはっきりしない。今、民有の山林となり、雑木が繁茂している。

物産

  • 米:148石8斗8升5合
  • 大麦:33石6斗3升5合
  • 大豆:132石6斗

その他、甘藷、大根のたぐいは余嬴があって、他の町村に販売している。

民業

  • 男女農業を専らとする。

注記


武蔵国郡村誌
武蔵国新座郡村誌
大和田町 - 野火止村 - 菅沢村 - 西堀村 - 北野村 新座市北部
志木宿 志木市南部
上内間木村 - 下内間木村 - 宮戸村 - 田島村 - 浜崎村 - 溝沼村 - 岡村 - 根岸村・台村 朝霞市の大半
上新倉村 - 下新倉村 - 白子村 和光市
橋戸村 練馬区大泉町付近
膝折村 朝霞市膝折
片山村 新座市南部
上保谷村 - 上保谷新田 - 下保谷村 西東京市東部
小榑村 練馬区大泉学園町西大泉南大泉付近
武蔵国入間郡村誌より
針ヶ谷村 - 水子村 現富士見市内
宗岡村 志木市北部