武蔵国新座郡村誌/溝沼村

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武蔵国新座郡村誌溝沼村項の現代語訳。

現代語訳=シラキのコホリのツカサ

溝沼村(みぞぬま)

本村はいにしえ野方領に属する。

疆域

東は本郡岡村、南は下新倉膝折などの諸村との境は野道・あぜ道などで区切られている。西は野火止村につながり、北は浜崎村・岡村に接している。

幅員

  • 東(字輿井塚から)西(字境久保に至る)27町30間
  • 南(字泉水から)北(字下田に至る)17町30間

管轄沿革

  • 天正十八年庚寅(1590年)、徳川氏の所有となる。後、村高500石を旗下士・中山助六郎の采地とする。
  • 万治二年己亥(1659年)、故あって収邑される。
  • 寛文のはじめ(1661年~)、300石をその弟・勘三郎に賜う。残りは代官の支配に属する。
  • その後、寛文・延宝(1661~1681年)のころ、勘三郎の子・勘之亟のとき、采地を他に移してすべて代官の支配とした。
  • 徳川氏の末にいたり、村高604石6斗5升7合を代官・松村忠四郎が支配する。
  • 維新の際、武蔵知県事に属する。
  • 明治二年己巳(1869年)2月、品川県の管轄となる。
  • 明治四年辛未(1871年)11月、入間県に移る。
  • 明治六年(1873年)6月、熊谷県の所轄となる。

里程

  • 熊谷県庁より南少し東14里30町。
  • 四隣:岡村へ13町。浜崎村へ15町。野火止村へ20町。膝折村へ12町。
  • 近傍:本郡大和田町へ1里8町、志木宿へ1里

地勢

  • 林丘が東西に並び立ち、民家がその間に挟まれる。黒目川が南北に貫く。薪は余りがあって、炭に乏しい。

地味

  • 陸田の色は黒・赤が混じり、ソバ・甘藷に適している。耕田は黒砂土で中稲によろしく、また水利の便がある。

税地

  • 田:31町8反5畝19歩
  • 畑:165町5反2畝25歩
  • 総計:197町3反8畝14歩

飛地

本村の東の方、岡村の内に畑 3反8畝21歩

字地

  • 泉水(せんずい):本村の西南隅にあって、富士の谷に接し、泉水前の西に連なる。東西8町・南北10町。
  • 泉水前(せんずいまへ):泉水の東に接する。東西10町・南北10町50間。
  • 境久保(さかいくぼ):本村の西端にある。東西10町20間・南北7町。
  • 芹沢(せりさは):本村の南にある。泉水前の東に連なる。東西10町50間・南北8町。
  • 岡下(をかした):本村の北辺にあり、黒目川用水に沿う。東西5町20間・南北も同じ。
  • 輿井塚(こしゐづか):本村の東方にある。東西8町・南北11町20間。
  • 南広沢原(みなみひろさははら):本村の盗難にある。東南から西北に至る10町・西南より東北に至る3町。

このほか、広沢原、向峡、大新久、稲荷久保、槐(さいがち)の根、行人塚、長山、海道端、上の原、仙裁畑(せんざい-)、大屋敷、小屋敷、五反田、下田、仲田、赤池、稲荷下、宮の下、地類根(ぢるいね)、瀧の根、仲畑、瀧根、水上(みづがみ)、原畑、関の上、後根、後田、石川道下、泉水山、茄子田、池田、富士下、堤中道下(ていちゅうみちした)、弁財、弁財上(べんざいうへ)、弁財原、六道、館道下(たてみちした)などの字地があり、多くて一々枚挙することはできない。ゆえに著名なものだけを掲載した。

貢租

  • 地租:米115石8斗7升3合、金60円5銭3厘
  • 賦金:金65円50銭
  • 総計:米115石8斗7升3合、金225円55銭3厘

戸数

  • 本籍:142戸(平民)
  • 寄留:5戸(平民)
  • 社:13戸(村社1坐、平社12坐)
  • 寺:2戸(真言宗)
  • 堂:2戸
  • 総計:164戸

人口

  • 男:426口(平民)
  • 女:390口(平民)
  • 総計:816口
    • 他 出寄留11人(男4口・女7口)外寄留19人(男11口・女8口)

牛馬

  • 牡馬:23頭

舟車

  • 荷車:42両(中車)

山川

  • 黒目川:深いところ4尺余、浅いところ2尺、幅7間。水色清く、本村の南の方、膝折村から来て、字泉水前を経て両派に分かれ、一つは用水となり、北の方の岡村に入る。一つは悪水となり、同じく北の方の浜崎村に入る。これが奔流である。その間19町45間。
  • 石川橋:黒目川の上流、字芹沢から字石川道下にまたがり、隣村に達する道に架かっている。幅6尺、長さ5間。木製。
  • 藤林橋:黒目川の中流、字仲田・字堤中道にまたがる。耕作路に架かっている。幅6尺、長さ5間。木製。
  • 高橋:黒目川の中流、東京道という道に架かっている。幅2間、長さ5間。石造。
  • 土橋:黒目川の分水に架かっている。幅6尺、長さ2間。石造。

森林

  • 泉水林:民有に属する。本村の西南にある。反別6町8反1畝10歩。
  • 水上林:民有に属する。本村の東南にある。反別5町7反6畝20歩。ともにマツ・マキ・雑木が生えている。
  • 林:官有に属する。本村の中央にある。東西20間、南北18間。反別1反2畝歩。スギ・ヒノキ・モミの類が生えている。
  • 広沢林:本村の東南にある。広沢原の林という。川越街道にまたがる。反別1町7反9畝18歩。

池沼

  • 赤池:本村の北方にある。池水は流れて黒目川の悪水路に入る。

道路

  • 川越街道:本村の東南にある。東の方、下新倉村との境から西の方、膝折村との境に至る。長さ3町、幅4間。

神社

  • 地類社[1]:村社。社地は東西18間・南北10間・面積188坪。本村の中央にある。祭神は稲田姫命。祭日3月10日。
  • 浅間社:平社。社地は東西30間・南北30間・面積899坪。本村の北にある。木花開耶姫命を祭る。延宝五年丁巳六月勧請。祭日4月初申の日、6月1日。
  • 稲荷社:平社。社地は東西10間・南北17間・面積168坪。本村の西の方にある。豊受姫命を祭る。祭日未詳。
  • 氷川社:平社。社地は東西12間・南北25間・面積114坪。本村の西の方、字泉水にある。素戔嗚尊を祭る。祭日9月19日。
  • 神明社:平社。社地は東西5間・南北6間・面積28坪。本村の南、字滝の根にある。天照太神を祭る。祭日未詳。
  • 稲荷社:平社。社地は東西7間・南北6間・面積40坪。村の南の方、字滝の根にある。豊受姫命を祭る。祭日未詳。
  • 稲荷社:平社。社地は東西12間・南北12間・面積147坪。村の南の方、字水上にある。豊受姫命を祭る。祭日不詳。
  • 第六天社:平社。社地は東西5間・南北3間・面積15坪。本村の南、字仲畑にある。八千矛命を祭る。
  • 神明社:平社。社地は東西3間・南北7間・面積21坪。村の南にある。天照太神を祭る。祭日不詳。
  • 須賀社:平社。社地は東西11間・南北12間・面積131坪。本村の南、字滝根にある。素戔嗚尊を祭る。祭日不詳。
  • 天神社:平社。社地は東西22間・南北11間・面積244坪。村の東方にある。天満天神を祭る。祭日不詳。
  • 蔵王社:平社。社地は東西3間・南北2間3尺・面積7坪。村の東方にある。伊弉諾尊を祭る。祭日不詳。
  • 稲荷社:平社。社地は東西12間・南北16間・面積143坪。村の北の方、字稲荷下にある。豊受姫命を祭る。

仏寺

  • 泉蔵寺:東西21間・南北34間・面積616坪。本村の西にある。新義真言宗 豊島郡石神井村三宝寺の末派である。開基創建未詳。
  • 光善寺:東西22間・南北17間・面積288坪。本村の東にある。これも新義真言宗で三宝寺の末派である。開基建立未詳。
  • 観音堂:東西11間・南北8間・面積616坪。本村の西方にある。
  • 薬師堂:東西11間・南北8間・面積616坪。本村の東にある。

村事務所

  • 本村の西の方にある。第四十番地某家を仮用している。

物産

  • 米:318石2斗
  • 大麦:350石8斗
  • 小麦:90石
  • 大豆:45石5斗

その他、ソバ、麦、甘藷などは余りがあって東京辺に販売している。

民業

  • 男女農業を専らとする。もっともときどき採薪・焼炭をなす者がいる。

注記

  1. 地類社として創建されたが現在は溝沼氷川神社と改称している。
武蔵国郡村誌
武蔵国新座郡村誌
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膝折村 朝霞市膝折
片山村 新座市南部
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武蔵国入間郡村誌より
針ヶ谷村 - 水子村 現富士見市内
宗岡村 志木市北部