知知夫国造
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『先代旧事本紀』国造本紀によれば、後の武蔵国の領域にいたと考えられる3国造の一つ。現在の秩父エリアを中心とした領域を支配していたと考えられる。
先代旧事本紀
国造本紀
瑞籬朝(崇神)の御世、八意思金命(やごころおもいかねのみこと)の十世孫の知知夫命(ちちぶのみこと)を国造に定められ、大神を拝祠した。
天神本紀
次に下春命。武蔵秩父国造らの祖。
国造・県主関係史料集 注
知々夫国造...拝祠大神 知々夫は武蔵国 秩父郡。『延喜式』神名帳にみえる秩父神社 は同国造の氏社と考えられ、八意思兼命・知知父彦命を祭神とする。[1]
考察
崇神紀十一年四月乙卯「四道将軍が戎夷を平らげて帰ったと奏上した後、異俗が帰伏して国内安寧」とあるのによれば、知知夫命を国造に定められたのは崇神天皇十一年~十二年のころであろう、と新編武蔵風土記稿の著者は推測している。これは武蔵国エリアの国造の中では最も古いことになる。
知々夫国造は、現在の秩父につながるエリアの豪族であったと考えられる。
知々夫国造は八意思金命の十世の孫とされるが、八意思金命は高魂尊(高御産巣日神)の子と伝えられる。この高魂尊系の国造としては、以下の国造が挙げられている。
- 宇佐国造(高魂尊の孫 宇佐都彦命)
- 葛城国造(高御魂命の五世の孫 剣根命)
- 比多国造(葛城国造と同祖 止波足尼)
- 津嶋県直(高魂尊五世孫 建弥己己命)
- 粟国造(高皇産霊尊の九世の孫 千波足尼)
- 知知夫国造(八意思金命の十世の孫 知知夫命)
注・出典
- 『先代旧事本紀 10巻』 国立国会図書館デジタルコレクション
- 篠川賢『国造――大和政権と地方豪族』(中公新書)2021
- 篠川賢「「国造本紀」の国造系譜」(国立歴史民俗博物館研究報告 第44集)1992