新座市

提供:シラキのコホリ
2026年4月12日 (日) 22:58時点におけるシラキのコホリのツカサ (トーク | 投稿記録)による版 (ページの作成:「'''新座市(にいざし)'''は、旧新座郡の西側中央部に位置する。埼玉県の最南端に位置し、東京都に三方を囲まれた「突き出た」地形が特徴である。野火止用水平林寺の緑に象徴される自然豊かな住宅都市である。面積は22.78㎢。 ==地理・地形== ほぼ全域が武蔵野台地(野火止台地)の上に位置し、平坦な地形が広がる。 * 河川: 南部か…」)
(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)

新座市(にいざし)は、旧新座郡の西側中央部に位置する。埼玉県の最南端に位置し、東京都に三方を囲まれた「突き出た」地形が特徴である。野火止用水平林寺の緑に象徴される自然豊かな住宅都市である。面積は22.78㎢。

地理・地形

ほぼ全域が武蔵野台地(野火止台地)の上に位置し、平坦な地形が広がる。

  • 河川: 南部から東部にかけて黒目川が流れ、北西部には柳瀬川が流れる。これらの川は台地を深く浸食し、小規模な谷底平野を形成している。
  • 水路: 自然河川が少なかった台地上に、江戸時代に人工の「野火止用水」が引かれたことで、開拓が可能となった。

歴史

江戸時代、川越街道柳瀬川の渡河地点附近に大和田宿が置かれた。

明暦元年(1655年)、川越領主・松平信綱(知恵伊豆)が玉川上水から分水して「野火止用水」を開削。不毛の原野だった野火止エリアで畑作が可能になり、石高を増すこととなった。

南部は片山十村があり、片山郷としてまとまっていた。

戦後は急速にベッドタウン化が進み、1970年に市制施行している。

新座市前史

大和田エリア

片山エリア

  • 正保年中改定図(1645~1648年):村名は記されていないが、300石=代官支配、桜井庄之助(100石)・神谷与十郎(100石)・田中市郎右衛門(150石)・荒井又六郎(50石)・小野久内(50石)・木村伊右衛門(200石)・柘植甚八郎(150石)の采地、米津内蔵助(30石)の領地とした。
  • 元禄年中改定図(1688~1704年):下中沢村下村原ヶ谷戸村辻村堀之内村、(堀之内村枝郷)栗原村十二天村石神村中沢村野寺村の十村が記されている。
  • 新編武蔵風土記稿(文政十三年(1830年)完成)には、片山郷(石神村堀之内村、(堀之内村枝郷)栗原村十二天村中沢村上片山村野寺村辻村原ヶ谷戸村下片山村)が掲載されている。
  • 明治元年(1868年):采地をすべて代官・松村忠四郎の支配下とし、武蔵知県事に属する。
  • 明治二年(1869年)2月:武蔵知県事に属する領域が品川県に含まれる。
  • 同6月:米津氏の領地が龍ケ崎藩となり、後に龍ケ崎県と称する。
  • 明治四年(1871年)11月:品川県・龍ケ崎県を廃して入間県に属する。
  • 明治六年(1873年)6月:熊谷県の所轄となる。
  • 明治八年(1875年)4月:片山10村が合併して片山村となる。
  • 明治九年(1876年)8月:熊谷県が埼玉県に合併される。

合併へ

  • 明治二十九年(1896年)3月29日:新座郡が廃止され、北足立郡に編入。
  • 昭和三十年(1955年)3月:大和田町片山村が合併して新座町が成立。
  • 昭和四十五年(1970年)11月1日:新座市として市制施行。

文化・社会

広大な雑木林を持つ平林寺は、国の天然記念物に指定されており、文化的な誇りとなっている。また、野火止四丁目には手塚プロダクションのスタジオがあることから「鉄腕アトム」を特別住民として登録し、アニメ文化を通じた地域活性化にも注力している。

名所

交通

市の北部は東武東上線沿線、南部は西武池袋線沿線である。

出身人物

関連作品

キャラクター

現在の行政区域
志木市 - 新座市 - 朝霞市 - 和光市 - 旧保谷市西東京市) - 大泉地区練馬区
旧新座郡エリアの現在の町丁名(富士見市・清瀬市・東久留米市の一部を含む)