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ページの作成:「'''志木ニュータウン'''(しきニュータウン、英語: Shiki New Town)は、志木市館一丁目および二丁目にまたがる大規模集合住宅街(ニュータウン)である。鹿島建設が開発主体となり、東武東上線柳瀬川駅の開設とともに整備された。昭和五十四年(1979年)に入居開始、昭和六十三年(1988年)に完成した。 === 概要 === 志木ニュータウンは…」
 
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==== 街区構成 ====
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エリアは大きく7つの街区(住区)に分かれている。
エリアは大きく7つの街区(住区)に分かれている。
; 南の森壱番街 588世帯 全15棟
; 南の森壱番街 588世帯 全15棟
: 昭和五十四年~五十五年建設。柳瀬川駅からは遠いが、最初期に竣工した街区。一と車の流れを完全に分離した町並みになっている。3LDK~4LDKのファミリー向けが多い。
: 昭和五十四年~五十五年建設。柳瀬川駅からは遠いが、最初期に竣工した街区。人と車の流れを完全に分離した町並みになっている。3LDK~4LDKのファミリー向けが多い。
; 南の森弐番街 378世帯 全9棟
; 南の森弐番街 378世帯 全9棟
: 昭和五十四年~五十五年建設。専有面積が60~70㎡前後のため、若い家族向け。
: 昭和五十四年~五十五年建設。専有面積が60~70㎡前後のため、若い家族向け。

2026年10月11日 (日) 23:19時点における版

志木ニュータウン(しきニュータウン、英語: Shiki New Town)は、志木市館一丁目および二丁目にまたがる大規模集合住宅街(ニュータウン)である。鹿島建設が開発主体となり、東武東上線柳瀬川駅の開設とともに整備された。昭和五十四年(1979年)に入居開始、昭和六十三年(1988年)に完成した。

概要

志木ニュータウンは、新河岸川および柳瀬川の合流点南西部に位置する、面積約30ヘクタールの計画都市エリアである。1970年代から1980年代にかけて、柳瀬川沿いの農地・林等を一体的に再開発して誕生した。

事業主体は鹿島建設(開発事業部)で、同社の「民間主導による環境共生型都市開発」の代表的事例として知られる。開発面積35.4ha、総戸数3,201戸、。敷地内は高密度化を避け、開発面積の約31%が道路・公園・緑地等のオープンスペースとして確保された低・中・高層マンション群で構成される。7つの住区が環状に配置され、管理組合も住区ごとに結成されている。

西側には住宅公団新座団地(2,200戸)が昭和四十年代半ばに竣工・入居しており、志木ニュータウンと合わせて広大な住宅ゾーンが形成されている。

ギャラリー

歴史

現在の志木ニュータウン一帯は、柳瀬川の自然堤防の後背地にあたり、近世を通じては主に農地や雑木林、小集落として利用されていた。

昭和初期以降、志木町周辺は東武東上線の開通とともに徐々に住宅化が進行した。しかし、館地区の大部分は戦後もしばらく農地や緑地を中心とする静かな景観を維持していた。

昭和四十年代に入ると、首都圏のベッドタウンとして志木市付近も急速に都市化が進んだが、ミニ開発が多く、スプロール現象が見られた。しかし、志木市は公的な開発を進めるのではなく、当時としては画期的な「民活プロジェクト」として位置づけ、積極的な民間資本の活用を図る方針を策定、昭和四十六年に民間デベロッパーによる開発計画案のコンペを実施した。

その結果鹿島建設が事業者として選定され、マスタープランをまとめた。昭和五十二年に開発許可を取得すると同時に建設工事に着手した。本計画地はかつて水田であったため、盛り土が必要であった。地盤改良に関してはプレロード工法を採用している。

ニュータウン完成とまちづくり

  • 昭和四十六年(1971年):開発計画案コンペを実施。
  • 昭和五十二年(1977年):鹿島建設が開発許可を取得、開発事業に着手。基盤整備およびインフラ工事が開始される。
  • 昭和五十三年(1978年):第一次販売(南の森街区)260戸を即日完売。
  • 昭和五十四年(1979年)
    • 8月18日:志木ニュータウンへの入居開始。
    • 11月8日:ニュータウンのアクセス駅として東武東上線柳瀬川駅が開業。
  • 1980年代:「中央の森」「東の森」街区が順次完成し、各種商業施設・公共施設が開校・開業。
  • 昭和六十三年(1988年):全計画の建設が完了。
  • 昭和六十三年度:住宅建設部門で建設大臣表彰。

街区構造と建築・都市計画的特徴

志木ニュータウンの都市設計は、当時のニュータウン開発としては先駆的な「歩行者主導型(歩車分離)」「環境共生型」の概念が強く取り入れられている。

『新都市開発』27(1)(300),1989-01より

街区構成

『新都市開発』27(1)(300),1989-01より

エリアは大きく7つの街区(住区)に分かれている。

南の森壱番街 588世帯 全15棟
昭和五十四年~五十五年建設。柳瀬川駅からは遠いが、最初期に竣工した街区。人と車の流れを完全に分離した町並みになっている。3LDK~4LDKのファミリー向けが多い。
南の森弐番街 378世帯 全9棟
昭和五十四年~五十五年建設。専有面積が60~70㎡前後のため、若い家族向け。
中央の森壱番街 280戸 全8棟
昭和五十七年~五十九年建設。昭和六十三年に最終分譲。ニュータウンの中央部に位置し、20階建ての高層棟(ガーデンタワー)と低層棟(ガーデンハイツ)で構成される。唯一、メゾネットタイプがある。
中央の森弐番街 354戸 全9棟
昭和五十七年~五十九年建設。柳瀬川沿い。2LDK~5LDKまで各種間取りあり。
中央の森参番街 548戸 全8棟
昭和五十七年~五十九年建設。駅・ペアモールに近い。真南向きの部屋がある。
東の森弐番街 354戸 全9棟
昭和五十五年~五十六年建設。柳瀬川駅東側に位置し、駅に近いが、線路側は東上線から近いため、騒音対策がなされている。
東の森壱番街 480世帯 全11棟
昭和五十五年~五十六年建設。線路側は東上線に隣接しているため、騒音対策がなされている。敷地内に緑道が設けられている。

マロニエ通りと植栽

中央を貫く「マロニエ通り」をはじめ、各街区にはケヤキ、ハナミズキ、ツツジなどが体系的に植栽されている。数十年の歳月を経て樹木が成長したことで、現在は「森の中の都市」の観を呈している。

施設一覧

商業施設

  • ショッピングモール ぺあも~る(専門店街/志木ニュータウン商店会)
  • ペアクレセント(駅前複合商業ビル)
  • サミットストア 柳瀬川駅前店

公共・文教施設

  • 志木市立柳瀬川図書館
  • 志木市民体育館
  • 志木市役所 柳瀬川駅前出張所
  • 志木市立第二小学校
  • 志木市立第二中学校
  • 志木市立第四小学校
    • 2027年4月より、以上三校を合わせて義務教育学校「志木の森学園」となる。

関連項目